2008年08月08日
園高明弁護士は2023年(令和5年)3月をもちまして当事務所を退所いたしましたが、本人の承諾を得て本ブログの掲載を継続させていただいております。
(丸の内中央法律事務所報vol.13, 2008.8.8)
最近、高速道路、有料道路のETCもだいぶ普及が進み、都心の料金所では、車両が相次いでETCレーンを通過するようになってきました。ETCレーンの事故で裁判になったケースもあるのでしょうか。ETCレーンで停止した車両への追突事故が発生した場合の過失割合はどう考えたらよいのでしょうか。
ETCシステムですが、車両の先端がETCレーンに進入すると、一つめの車両検知器を遮光することにより、表示器に「減速 20km/h以下」が表示され、車載器と道路の無線装置との間で通信が開始されます。カード情報等が通信され、二つめ車両検知器を車両の先端が通過するまでに通信が正しく完了したときは表示器に「←ETC」と表示され、開閉バーが開きますが、正しく完了しなかったときは、表示器に「停止」が表示され、開閉バーが開かないままとなります。
(1)東京地裁平成18年8月9日判決(自動車保険ジャーナル1720号 12頁)
中央高速道路三鷹料金所で、A車は、同料金所手前を走行し、はじめは1番の兼用ゲートに向かおうとしたが、導入路が段差で仕切られていたことから不安を感じ、右端(6,7番)のETC専用ゲートに向かおうとハンドルを右に切ったものの、料金所エリアを右端に横切って専用ゲートに向かうことはできそうにないと考え直し、途中で左にハンドルを切って直進方向に向き直ったが、ETC搭載車が一般レーンを通過できるか分からなくなり、アクセルもブレーキも踏まないまま時速10km/h程度の速度で少し前進し、停止するかしないかというとき、後続のB車に追突された事案です。
B車には、減速不十分、車間距離不保持、前方不注視の過失があるとしました。一方、A車にも料金所エリア内とはいえ、料金所ゲートの十数メートルないし数十メートル後方で、昼間交通量の少ない状態であったにもかかわらず、停止寸前のゆっくりした速度で進行し、後方車両の進行を妨げた過失があり、いったん定めた進路を急に変更し、停止寸前の速度にまで至る場合には、後方を走行する車両の安全を確認し、右左折又はハザードなどの合図をし、追突を回避する義務があるなどとして、A車にも30%の過失があるとしました。(過失割合A:B=30:70)
(2)横浜地裁平成19年9月28日判決(自動車保険ジャーナル1722号 18頁)
常磐高速道路三郷料金所ETCレーン内でA車が徐行していたところ(あるいは開閉棒が開かないために急ブレーキを掛けたところ)にB車が追突した事案です。
ETCシステム利用規程8条1項に、「ETC車線内は徐行して通行すること」「前車が停止することがあるので必要な車間距離を保持すること」とされており、また、ETCシステム利用規則実施細則4条に、「ETC車線内で前車が停止した場合、開閉棒が開かないもしくは閉じる場合その他通行するに当たり安全が確保できない事象が生じた場合であっても、前車又は開閉棒その他設備に衝突しないよう安全に停止することができるような速度で通行」すべきことが定められているとして、A車が徐行していた場合はもちろん、仮に開閉棒が開かないため、A車が急ブレーキを掛けたとしても、これに追突することは上記規程・細則に違反するB車の一方的過失であるとして、A車の過失を否定しました。(過失割合 A:B=0:100)
(3)名古屋地裁平成19年4月20日判決(交通民集40巻2号561頁)
東名阪自動車道路四日市東IC料金所のETCレーンにおいて、20km/h程度で進入した普通貨物自動車Aが、車両電源とETC車載器の電源とを直結する配線カプラの差し込みが不十分であったため、ETC非対応車と認識されてETCゲートが開かず急停止したところ、後続のB車が追突した事案です。
ETCゲートが開かなかった理由は、カードが無効であったものと認めることはできず、配線が不良であったためであると認められるとしたうえ、ETCユニットの配線はダッシュボードのふたをはずしたヒューズボックスの中にあり、日常的に当然点検できる場所になく、道路運送車両法47条の2所定の自動車点検基準にもETC車載器や配線は掲げられていないことなどから、A車に過失は認められないとしました。(過失割合 A:B=0:100)
(1) ETCレーンでの追突でも、ゲート施設のトラブルで開閉バーが開かず急停車した場合には、原則として停止した車両に過失は認められず、追突した車両に100%過失があると考えられます。
これに対し、開閉バーが開かない原因がゲート通過車にある場合には、様々な原因が考えられます。ここでは、ETCカードを差し忘れた場合、カードが適正に差し込まれていなかった誤挿入の場合、あるいはカードの有効期限が経過していた場合等正常にETCゲート(以下、「ゲート」といいます。)を通過できないことについて車両側に原因があり、開閉バーが開かず急停止したところ(急停止しようとしたところ)に追突した例について検討してみましょう。
(2) 横浜地裁の判決例では、開閉バーが開かずA車が急ブレーキを掛けた理由は判りません。また、名古屋地裁の判決例は、ゲートが開かなかった原因について、カードが無効になっていたか否かも争われましたが、原因は配線不良にあると認定し、ETCユニットの配線不良について、日常的な点検義務を否定しています。確かに、ETCユニットは走行の安全のための装置ではなく、たまたま生じた配線の不良まで点検することを要求するのは酷であり、Aの過失を否定した判断は相当と考えます。しかし、Aの過失の有無を判断するについて、開閉バーが開かなかった原因を検討していることは、開かなかった原因によっては、停止した側にも過失が認められる可能性があることを示唆しているとも考えられます。
(3) ETCシステムは、ゲートで停止せずに通過するように設置されたものであり、これを利用するドライバーもそう考えて走行しています。また、ETCシステム利用規程6条には、利用者は、カードを挿入して通行しなければならないとされていますから、ゲートを通過する車両の運転者には、ゲートを停止することなく通過することが可能な状態でゲートを進行すべき義務があるというべきで、ゲートで、カードの差し忘れなどの不注意が原因で停止するのは、ETCレーンのスムーズな通行を妨害する危険な行為と評価できます。
また、ETC車載器は、ETCが作動するかどうかを運転者が容易にチェックできるように配慮されており、差し忘れや誤挿入は容易に確認することができます。また、カードの有効期限の確認も同様に容易です。因みに、名古屋地裁の判決例では、ETCカード確認の音声ガイドは発せられており、運転者にこのようなチェックの懈怠はない事案でした。
(4) 結局、カード差し忘れ、カード誤挿入、カード期限の徒過のように、ゲート通過前に容易に確認できるのにこれを怠り、ゲート付近で急停止した(急停止しようとした)先行車に後続車が追突した場合には、先行車にも過失が認められるべきと考えます。
もっとも、先行車がETCレーン進行の途中でカードの差し忘れ等に気づき、ハザードランプを点灯するなどして緊急事態を後続車に知らせる方法をとりながら停止した場合、あるいは、後続車が極端に高速で進入した場合など当該後続車との関係で過失が否定される場合もあり得るでしょう。
(5) 次に、停止した先行車の過失割合ですが、ETCレーンを進行する車両には横浜地裁判決で指摘された徐行義務があることを考えると、基本的には追突した後続車の過失は先行車の過失に比してかなり大きいというべきであり、先行車に過失が認められても、せいぜい10~20パーセントというところでしょう。
なお、民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準(通称「赤い本」)の2009年版(下)69頁以下に「ETCレーンでの追突事故」に関し東京地方裁判所民事27部(交通専門部)の裁判官による講演録が掲載されており、先行車のカード差し忘れ等による過失は10%程度ではないかとの見解が示されています。